第8章 ディープパープル
5月も一番最後の週。
火曜日のレギュラーの収録はお台場。
いつも通り迎えが来て、車のドアを開けるとギョッとした。
「智くん…」
「おはよ」
「大野、これの前に取材あってな。まとめてですまん」
助手席にいたチーフが声をかけてきた。
「あ…別に。構わないけど…」
一番後ろの席に座る智くんの前の座席に座る。
ここはいつも俺が座る場所。
荷物を置くと、中から音楽プレイヤーを取り出してヘッドホンを耳に挿した。
心が乱れすぎてて、今は誰とも喋りたくない。
無言でお台場に着いて後ろを振り返ったら、智くんは窓に凭れて眠っていた。
最近暑いくらいで…
薄着になった智くんの首筋が顕になってて
半開きになった唇は艶めいていた
「ん…」
吐息を吐き出しながら、身を捩ると喉仏が少しだけ動いた
思わず手首を掴んだ。
「わ…びっくりした…」
少し赤くなった目で俺を見上げた。
「なあに?翔ちゃん」
「…着いた」
「あ?ほんと…?早いな…」
目をこすりながら周りを見渡してから俺を見上げると、智くんは微笑んだ。
いつもどおりの笑顔
だけど、違う
笑ってない目の奥に、なにかがある
俺はわかる
それは、メスの目だ
ゆっくりと智くんの手が、俺の手を握りしめた。