第6章 ショコラ scene4
開演30分前に奥村は戻ってきた。
「えっ…」
その人の顔を見て固まってしまった。
「櫻井さん、ご無沙汰しております」
なんと一緒に来たのは、行長先生の奥様だった。
和服姿にスタッフパスを首から下げている。
「…奥様、すいませんでした!」
てっきり、行長先生のお弟子さん的な人でも来るのかと思ってたから、年の若い人を想像してた…
奥様がいらっしゃるなんてびっくりしてしまった。
「いえいえ…いいんですのよ。私は主人と違って、暇ぶっこいていますから…」
白髪の混じった髪を綺麗になでつけて、後ろでお団子にまとめている。
色白の手を口に当ててコロコロと笑う姿は少女のようだった。
手には洒落た江戸柄の風呂敷の包みと、和装コートを持っている。
「…櫻井さん、松本さんを見せていただけますか?」
小さな声で奥様が言った。
黙って楽屋の隅に置いてあるマットに寝転がる潤を見た。
控室の入り口から、奥様はじっと潤を見つめた。
暫くそうやっていたかと思うと、ふうっと息を吐き出した。
チーフと奥村の方を見ると、奥様は一つ頷いた。
「櫻井さん、私、コンサートが終わるまでこちらに居ます」
「ええっ…」