第16章 新しい世界
胸の開いたものを、と指定するのが恥ずかしくて言い淀む。
「何かございましたか?」
「え、えぇ、あの、ドレスのことだけど、その、新調しなくてもいいわ。まだ袖を通してないものもあったでしょう?」
これまで母が夜会ごとにジョエルのドレスを数着作らせてきたのだ。
ジョエルの好みもあって、着たことのないドレスが複数あったはず。
とっさに思いついたことだったけれど、これなら不自然ではない…と思うのだがどうだろうか。
マールの顔色をチラリと伺うが、彼女は「畏まりました」と平常通りの対応を見せた。
さすがに今から夜会で着るようなものを、とは指定できなかった。
(これから徐々に変えていけばいいわね)
苦手ではあるが、ファンドレイのためならば享受しよう。
彼の視線を一人占めするにはこれくらい必要なはず。
ジョエルは小さく拳を握りしめて決意する。
母親のように、とまではいかないもののそれに少しでも近付こうと新しい一歩を踏み出した瞬間だった。
寝癖のついた黒髪がマールによって手際よくくるくると巻かれていく。
昨夜はファンドレイが触れたのだと思うと頬が熱くなる。
何をするでも彼のことが思い出されてしまう。
同時に、身支度の全て一つ一つが彼のためなのだと思えて、これまであまり興味のなかったアクセサリーもキラキラと輝いて見えた。
どれがいいだろうか、なんて考えたこともなかったのに。
(恋をすると、こんなに世界が煌めいて見えるのね)
ジョエルがふわりと笑う。
滅多にないことにマールは驚き、そしてこれではファンドレイを認めざるを得ない、と嘆息したのであった。