第1章 【ヴィク主】僕がコーチでコーチが僕で?
きしり、とベッドのスプリングが軋む。
それとほぼ同時に僕は息を呑んで、目の前に広がる異常事態を理解しようと、なんとか頭を回転させる。
目の前に、ヴィクトル・ニキフォロフがいる。
それはいい、100歩譲ってそれはいい。
あの生ける伝説が目の前にいて、僕だけを見つめていてくれるなんて最高だ。
僕はクリスチャンでもないのに天を仰いで、あぁ、神様ありがとうございますと謝辞をのべたに違いない。
ところがどっこい。
僕は神様に感謝できるほど余裕がない。
むしろ天を仰いで、あぁ神様できることならこの哀れな僕を救ってください、とノンブレスで助けを求めるところだ。
だって、あぁもう、本当に、信じられない。
僕のふくらはぎから太ももにかけて、ヴィクトルの端正な指がゆるりと滑る。
シャワーを浴びた直後で血のめぐりがよくなった僕の脚は、普段なら拾わないような感覚さえ鋭敏に感じ取ってふるりと震えた。
防衛本能に体がシーツの上を後退していく。
明らかに性的な欲望を持った指先が、目が、僕を捕まえようとじわり、じわりと攻めてくる。
これで相手が彼でなければ、僕は鍛えた脚で一撃お見舞いして、下半身に何もまとっていないのも気にせずに部屋から転がり出たのだけど。
相手は氷上の皇帝。
逃げ場はない。
僕がひとつ彼から距離をおけば、同じぶんだけ近づいて、あやしげな光を帯びた視線を投げ、口にするのも憚れるような場所に指を這わせてくる。
ひ、と引きつった声が出た。
ヴィクトルはにこりと笑って、僕の反応を楽しんでいる。
「あ、ヴィクトル、まって」
「なにを?もしかして徹は、この先を期待していたりするのかな?」
寝間着がないから何か適当なものを貸して。
そう言って彼のワイシャツが手渡された時点でおかしいな、と思うべきだった。
ヴィクトルのワイシャツだけの僕はなんとか防御力を上げようと、ぐいぐいシャツを下へひっぱってみるが、その隙間にするりと彼の手が入り込む。
「っ、や!」
「ねぇ、徹。期待してる?」
こういう時にばかり正しい発音で呼ぶのをやめろ!!
普段は異国の言葉に慣れないロシア人らしく、舌っ足らずに僕を呼ぶくせに、スイッチの入ったヴィクトルの発音は完璧だ。
「ヴィクトル、は、僕の生徒だろっ……」
「ん?」
「なら、僕の言う事ちゃんと、聞けっ……!」
