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もう戻れない夏の日に

第2章 プロローグ


ただ、信じて欲しかった。
ずっと共に戦ってきた、仲間だから。
そうすれば、別に世界の誰が敵になっても頑張れた。
お前を信じる、ただその一言だけで、笑えた。



光を隠してしまった分厚い雲を見上げ、大好きだった先輩たちを思い浮かべて、そっと苦笑する。
「スイマセン、おれ…もう疲れちゃいました」
頑張る意味がどこにある?
耐える意味がどこにある?
あの頃の優しかった先輩たちは、もういないのに。
テニスを続けるための腕も壊れてしまったのに。

どうして、なんて。
その問いに答えてくれる人はいない。
どうして、おれだった?
どうして、こんなになった?
どうして、しんじてくれない?
どうして、どうして…


ただ、信じて欲しかった。
信じていたかった。
いつか、戻れるんじゃないかって。
だけど、もう無理だ。戻れない。
今しなくてはならないことは、一つだけ。
早く、この世から消えること。


だって大切だったんだ。
きっと家族と同じくらい、好きだった。
頭を撫でてくれた手が拳になっても、誉めてくれた言葉が嘲笑に変わっても。
いつか、信じてくれるって思いたくて―――。

でも、もう手は動いてくれない。
テニスもできなくなったら、おれは必要ない。
しかも、最悪なことに先輩たちへの思いも変わってしまった。
それの名前は知らない。
知りたくない。

「先輩、おれ、本当に大好きだったんです」
ずっと、夏が終わらないことを願ったくらい。

だから。

「好きなまま、死なせてください」
貴方たちを、嫌いになんてなりたくない。
貴方たちは、ずっとおれの憧れでいてほしい。
「どうか、貴方たちだけは幸せになってください」


フェンスから手を離せば、なぜだか風の音も大きくなった。
まるで、誘うように耳元で鳴り響く。
吐き出した、たった五文字の別れの言葉は、自分にも聞こえないままに消えていった。


ほんの一瞬。
雲の切れ間に、空が見えたような気がしたのは、きっと気のせいだ。
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