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もう戻れない夏の日に

第5章 闇が願うもの


「…い、やだ……」
空白に沈んだ意識を引き上げたのは、かすれた後輩の声。
「や、だ……せんぱ、お…れ…」
いつの間にか笑みは消え失せて、左腕に触れていた手に、骨張った細い手が重なっていた。
必死に訴える声はひきつり、所々抜け落ちる。
「赤也…? どうした、苦しいんか? 医者、呼ばな…」
「せん、い…おれ、やだ……ッ」
ナースコールへと伸ばそうとした手は、懸命に絞り出されたそれに止められた。
「おれ、は……ッ」
縋るように、動かないはずの腕すら引きずって、彼は言う。
詰まる言葉を操る声は今にも潰えそうだというのに、虚空から戻された眼に、動きの全てを絡めとられた。

―――復讐なんかしたくない。

嫌だ嫌だと子どものように首を振りながら、恨みたくないと目元を歪ませる。
力尽きて意識を失うまで、動くことすらかなわないまま、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

「赤也、お前は…」
一体、どこまで優しいのか。
再び眠りについた後輩の顔は、未だに歪んだまま苦痛を示す。
「恨んで、ええんよ。恨まれて当然のことを、俺たちはしたんじゃ」
もう苦しまないでほしい、なんて。
俺たちが願っていいことじゃない。
けれど、俺たちのことでまだ苦しみ続けるなんて間違っている。
「恨んで殺したって、俺たちは文句言わんよ。お前が願うなら、死んでやる。そんくらいの覚悟はとっくに決めとる」
苦しいなら、願え。
なんでもいいから、今度こそ叶えてみせるから。
「もう、苦しまんでええ。お前の分は全部俺たちが引き受ける」

それが、俺たちにできるせめてもの贖罪だ。
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