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もう戻れない夏の日に

第5章 闇が願うもの


《仁王side》



壊れてしまった。

花瓶に花を生けながら、機械に繋がれた管の先を見やる。
いつか風に飛ばされた後輩は、ただ虚空を見つめるだけで動かない。
規則的に鳴る電子音と思い出したように瞬く瞼だけが、生きている証拠となる。
最近になって、彼は1日のうちに二、三度こうなる時間がある。
これは眠りっぱなしだったあの頃よりも、果たしていいと言えるのか、否か。
「赤也、ごめんな」
こんな先輩で。
大切な後輩を、壊すような人間で。
何故、信じてやらなかった。
五年だ。中学から数えれば五年も共に高めあったのに、共に勝利を掴んできたというのに。
「忘れたなんて、嘘じゃろ?
お前は、相っ変わらず嘘が下手くそじゃ」
癖の強い猫っ毛にそっと人差し指を絡め、それからゆっくりと頭を撫でる。
虚ろな眼が揺れながらこちらを見上げて、微かな笑みに歪んだ。
苦しいはずなのに、まるでこちらを案ずるように。
「笑わんでよか。もう、無理する必要なんかないんじゃ」
ゆっくり、なるべく怖がらせないように髪の上を行き来する自分の手を追いながら。
「気づけんで、悪かった…」
自傷の痕と俺たちがつけた傷痕ででぼろぼろになった細い左腕を反対の手で軽く擦る。
医者の話からすると、もう感覚すらないほど傷付いてしまい、動かすことは不可能だという。
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