第1章 まじない事件
「ご自分が何をおっしゃっているか…わかっておいでですか?」
「わかってる……長谷部?あの…なんか怒ってる…?」
「怒っている訳ではありません。…我慢しているだけです。」
「が」
「我慢しなくてもいいなどと言わないで下さいね。襲ってしまいますから。」
「お」
「襲っても良いなど間違っても言わないでくださいね。」
「……………不快なのは長谷部の方じゃない。」
言いかけた事をことごとく潰されて不服そうにプイとそっぽを向いて呟かれた言葉に、
ぶちっ
と、俺の中の何かが切れた音が確かに聞こえた。
俺は我慢していると言った。
実際に我慢している。主を怖がらせないように、主を襲ってしまわないように。
それなのに不快なのは俺の方だろうと…蛮行に及んでしまわぬように理性を繋ぎ止めていた精一杯の努力を蔑ろにされて。
俺はもう抑えることができなくなってしまった。
「かしこまりました、主。それでは遠慮なく、主のお体を探らせていただきますね。」
「へ…?」
すがすがしく嗤ってみせた俺を、呆気にとられたような表情で見上げてくる。
その一瞬の後に何かを察したのか、俺から距離を置こうと尻だけで後ずさろうとしているのがわかった。けれどもちろんそれを許すことはせずに、俺は主の腰に腕を回して引き寄せる。
「は、長谷部…?」
「どうやお胸元には印がないようですので、全身を改める必要があるようです。よろしいですよね?」
「え!?や、あのっ」
「失礼致します。」
態度の一変した俺に狼狽えている間に、否定の言葉を紡がせる前にと、俺は主の緋袴の紐を解きにかかった。