第10章 美食×谷底×再試験
肩に置かれたままの掌の主が誰なのかは、声ですぐにわかった。
けれど、何が大丈夫なのかわからない。
ゴンはたぶん、卵を持って帰れていない。
『だって……!!』
その言葉に反論しようと後ろを振り向いた私の目の前に現れたのは、悪戯っ子のように笑うゴンだった。
『見ててよ!』
ゴンはやはり手ぶらのままでメンチさんのもとへと駆けて行く。
まだゴンの言葉を理解出来ていない私は、首を傾げながらもその後を追って歩き出した。
向かった先で目にしたのは、メンチさんの目の前でズボンのポケットに手を突っ込んで焦っているトードーの姿。
ゴンはそんな2人の間に手をにゅっと突き出して言い放った。
『はい!これ!』
その手に握られていたのは、私が持ち帰ったものと同じ斑模様の卵。
「テメェッ…いつの間にっ!!」
本来なら自分が持っているはずの卵を、何故ゴンが持っているのか彼はわかっていないようだった。
当然私にも何がどうなっているのかわからないのだけど……。
「坊やも結構ちゃっかりしてるわね」
崖下での2人のやり取りを、メンチさんは見ていたのだろうか。
彼女はゴンから差し出された卵を受け取り、太陽に翳しながら楽しそうに微笑む。
「でも、なんで試験中なのに255番を助ける気になったの?」
きっと、純粋な疑問だったのだろう。
メンチさんが聞いたそれは、私もずっと気になっていた。
ゴンは何故あの人を助けたんだろう……と。
「だって……」
そう言いかけるゴンの表情が気になって、私は隣から顔を覗き込むように見ていた。
すると、ゴンは一瞬首を傾げてから裏表のない笑顔で言い切る。
「助けてって言われたから!」
“助けて”
誰かにそう言われて本当に助けられる人が、この中にどれくらい居るだろう。
この中だけじゃない。たぶん、世界中探したってここまではっきりと言い切れる人なんてそう居ない。
それを笑顔で言ってのけるゴンは本当に、素直にすごいと思う。
けれどやっぱり私には、その優しさや純粋さが、いつかゴンを苦しめそうな気がしてならなかった。
そして同時に、今の私にはゴンの存在が酷く眩しく思えたんだ。
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