第8章 在りし日の…
あれから何れだけの時間が経っただろうか。
太宰は、ふわぁ、と暖気に欠伸をしている。
予想通りなら今頃彼方も…
そう心の中で自分の推測を浮かべ、拘束されている手を見る。
「……頃合いかな。」
「相変わらず悪巧みかァ太宰!」
独りしか居ない筈の場所で呟いた太宰の言葉に、思わぬ返答が返ってくる。
コツッと靴音が近付いてくる。そうでなくても
「……その声は」
「こりゃ最高の眺めだ。百億の名画にも勝るぜ」
「最悪、うわっ最悪。」
声で誰がきたのか判っていた太宰は心底嫌そうな反応を示す。
「良い反応してくれるじゃないか。嬉しくて縊り殺したくなる。」
指をパキパキ鳴らしながら言う男。
「わあ。黒くてちっちゃい人がなんか喋ってる。前から疑問だったのだけどその恥ずかしい帽子どこで購うの?」
ぷっ、と笑いながら男に話し掛ける。
話し掛けられた帽子を被ったやや身長の低い男、中原中也は太宰に近付きながら言い返す。
「ケッ。言ってろよ放浪者。いい年こいてまだ自殺がどうとか云ってるんだろ、どうせ。」
「うん。」
アッサリ認める太宰に呆れる中也。
「否定する気配くらい見せろよ……。だが今や手前は悲しき虜囚。泣けるなァ太宰。」
手を伸ばし、太宰の髪を掴み、
「否、それを通り越して――」
何かを見透かすように睨み付ける。
「少し怪しいぜ。丁稚の芥川は騙せても俺は騙せねえ。何しろ俺は手前の元相棒だからな。………何をする積もりだ。」
頭から手を離し、太宰に詰め寄る中也。
「何って……見たままだよ。捕まって処刑待ち。」
ひらひら、と拘束されている手を動かして見せ、飄々と答える太宰。
「あの太宰が不運と過怠で捕まる筈がねえ。そんな愚図なら俺がとっくに殺してる」
中也が殺気だつ。
「考えすぎだよ。心配性は禿げるよ。まさか……」
「ハゲ隠しじゃねえぞ。一応云っとくが。」
太宰が中也の帽子を注目したため、律儀に脱帽して見せる中也。
「俺が態々ここに来たのは手前と漫談する為じゃねえ。」
「じゃ何しに来たの。」
「嫌がらせだよ。」
「…!」
「あの頃の手前の『嫌がらせ』は芸術的だった。敵味方問わずさんざ弄ばれたモンだ。だが――」
中也は右足に力を込め、太宰の手を拘束している鎖を壁ごと蹴り砕いた。
「そう云うのは大抵後で十倍で返される。」