第35章 回向 其の壱
森中を一台の貨物車が走っていた。
「は…放して下さい太宰さん!」
「駄ぁー目♡」
其の貨物車の中。
暴れながら叫ぶ敦に満面の笑みで返す太宰。
何故、こんなことが生じているのか。
太宰の手の片方に敦が。
もう片方には―――
「離したら君達異能で喧嘩するでしょ?」
ポートマフィアの禍狗と怖れられている芥川龍之介が居るからだ。
「いや、でも…!」
探偵社の社長の命の危機。
そんな状況にもかかわらず共に在る芥川の存在に、全力で抗議する敦。
「敦君。そろそろ大人しくしてくれないかい?」
「!?」
そのやりとりを今まで黙って聴いていた人物が口を挟んだ。
その声は太宰の後ろ。
太宰と背中合せに座り、此方に一切干渉せずに発せられたもの。
この状況から、その人物の顔を一切窺い知ることなど出来ないが………。
敦が怯んで口を紡ぐには充分過ぎるモノだった。
その言葉に含んで、自分に向けられているのは殺意にも似た―――怒り、だ。
太宰は苦笑した。
そして、力ない笑みを作って敦に云った。
「余り暴れないでくれ給え。私のお腹の傷口が開く」
「・・・」
未だに背を向けたままノートパソコンを操作している人物―――紬が自分に向けて放った感情の理由を瞬時に悟る。
「でも社長の命が懸かった逆襲作戦に何故芥川を…!?」
敦は暴れることは止めたが、抗議を続ける。
「それが私達の作戦だからさ。君達二人で敵潜窟に潜って貰う」
「え!?」
衝撃の内容に敦が驚く。
「敵の潜窟は旧い炭坑跡の中にある。全長数百粁。内部は侵入対策の感知器や罠で山盛りの筈だ」
「……。」
太宰が説明をはじめて直ぐ。
漸く兄の背から紬が姿を現し、隣に座った。