第29章 父の肖像
武装探偵社の非常階段の踊場―――
紬が手配しておいたポートマフィア―――。
芥川から受け取った資料を読みながら敦は色々と思考を巡らせた。
知らなかったことを知った驚き。
忘れられない過去の憎悪。
「院の職員さんから裏が取れたよ」
敦が色々な感情が複雑に混じり合いながら回想しているところで、谷崎の声でハッと現実に戻ってくる。
「院長先生が横浜に来た理由が判ッたよ」
谷崎は事件現場に落ちていた紙切れ――新聞の切り抜きの接ぎ合わせを敦に見せながら話始めた。
「院長先生はこの記事を見て横浜に来たンだ。特務課が封殺し損ねた組合戦の怪聞記事と写真」
見せている怪聞記事には先日の組合戦での戦闘地であった白鯨と、敦が載った写真が掲載されていた。
「……敦君。院長先生はこれで敦君の活躍を知って……」
谷崎は事件の真相を敦に躊躇い気味で話した。
「多分敦君の激励に……」
「嘘だ!」
バサッ!
資料を投げ捨てて敦は谷崎の言葉を否定した。
「有り得ません!絶対に!あの人がそんな……!」
「敦君‼」
谷崎の呼び掛けにも反応せずに敦はそのまま走り去って行った。
「……善いンですか?このままで」
コツ
今まで2人しか居なかった場所にもう2人が現れる。
「ああ」
現れた……太宰兄妹の兄の方が谷崎に答える。
「敦君には必要な混乱だよ」
「……。」
そう云うと太宰は敦の跡を追うのか。
階段を降りていった。
「紬さんは行かないんですか?」
それを黙って見送ったもう片方に谷崎が話し掛ける。
「私は行っても役に立たないからね。治と違って敦君がこれ程に混乱するとは思わなかったから」
「如何いう意味です?」
「私は他者より『死』という概念が不足しているのだよ」
「?」
首を傾げる谷崎に、うふふと笑って社に戻るべく踵を返した。
「向こうは治が何とかするでしょ。だから此方は私が敦君の代わりに手伝うよ」
「有難うございます!」
紬に促されて谷崎は社へと戻っていった。