第26章 影は常に付き纏うもの故に
「その刺青男の話を聞いて、暗殺を実行しているのは『蠍』だと確信した。彼等にとっては最後のチャンスだったのだろうね」
「成る程ね。しかし、『蠍』も相手が悪かったね」
「ふふっ。悉く失敗した上に、警備態勢が強化されて手も足も出なくなったら『蠍』の幹部が様子を見に近くに来ると予想した」
「来なかったの?」
「いや来たよ。しかし、馬鹿なことを実行したのだよ」
「近くで事件でも起こしたのかい?」
「正解」
紬が私の髪に触れる。
「呆れた。官僚の警備を崩す積もりだったってこと?」
「そうなんじゃない?必要な人数が居なければ、不足は非番や別区域の者が対応することを知らなかった様だね」
そんな間抜けな連中だったのに……。と呟きながら髪を弄っている。
駄目だ。私の事だけを想っている顔。
「ぁ!治っ!駄目っ!」
「3日も保てない」
服の上から胸を揉みしだく。
「……治が2日近く私を放ったらかしにしたのに……」
「うん」
「……何れだけ心配したのか治は分からないだろう?」
紬が泣きそうな、怒っているような顔で見上げる。
どんなに心配してようと他の人達には決して見せなかっただろう。
「きっとあの時も今の様な顔をして私を見送ったのだろうね」
「……。」
手を止めて紬を抱き締める。
「私は善人にはなれないことが判っていたから」
私の胸にしがみついてポツリと呟く。
「治に何かあれば今回みたいに関連者を凡て殺す」
「……うん」
「そうせずに居られないことは治も判っているだろう?」
「……うん」
「でも話を聞いてはくれなかった」
「……そうだね」
傍に居たい。
しかし「善人」にはなれない―――か。
「探偵社に居られなくなれば私はまた姿を眩ませる」
「絶対にさせない」
「だったらもう少し考えて行動して」
「気を付けるよ」
紬が考えている事は尤もだろう。
しかし、私とて其れは同じだ。
「そんなに考え込まなくても良いよ」
「何で」
「私も紬の身に何かあれば同じことをするからさ」
「……。」
なにか考えているのか。
目を伏せる紬の頭を撫でる。
そして
「…1回だけ」
小さく云った。