第20章 若し今日この荷物を降ろして善いのなら
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少し眠っていたのだろうか。
「気に入らないな」
身体を預けている兄から、急に怒りの感情が溢れたことで意識が現世に戻ってくる。
「〝元殺し屋に善人になる資格はない〟……君は本気でそう思っているのか?」
「……。」
泉鏡花、か。
紬は欠伸をひとつすると立ち上がろうとする。
「!」
が、兄にそれを妨げられる。
がっちり腰に回された右手。
「「………。」」
動くなってことか――。
大人しくそのままで居る事にしたのが判ったのか、太宰は紬に笑顔を向ける。
口は鏡花と話続けていた。
そして太宰が右手に握っている何かに気付く。
マッチ箱
織田作の―――………
「たかが35人くらい何だ?」
『!』
「いいかい鏡花ちゃん。君は探偵社の凡てを知らない。自分自身の凡ても知らない。凡てを知ることは誰にも出来ない。それを『可能性』と云うんだ」
兄の会話を黙って聞いている妹。
何故、治はこの子を助けるのだろうか―――?
最初の会議で泉鏡花を特務課から解放するつもりで居ることは判っていたが理由までは訊いていなかった。
気になって調べたが、この子よりも両親の方に関心がある程度の只の小娘と云うのに―――
「鏡花ちゃん。君が望むなら殺しで生きる道を用意してやってもいい」
「!」
紬は太宰の膝から立ち上がった。
太宰は驚くも鏡花との話を続ける。
「〝成りたいモノと向いているモノが違う時 人は如何すればいい?〟生き方の正解を知りたくて誰もが戦っている。何を求め闘う?如何やって生きる?答えは誰もが教えてくれない。我々にあるのは迷う権利だけだ」
その会話を少し離れたところで聴いて
「溝底を宛もなく走る土塗れの迷い犬達のように」
紬はその部屋から出ていった。
―――
海を見渡せる橋の上
「そんなところに腰掛けて…落ちたら如何するつもりだい?」
「この程度から墜ちたところで死ねるとは思ってないよ」
橋に座る人物と同じ格好をした男がその背後から話し掛ける。
しかし、話し掛けられた方は振り向くこともせずに海を眺めていた。
「その機嫌じゃあ巧く云ったようだね?泉鏡花の入社試験」
「ああ。紬の手筈のお陰で特務課が許可を下したからね」
「そ。」