第5章 再会
「馬車で来ていますから、お家までお送りしましょう」
「いえ…そんな悪いです…」
店の前につけられた王宮の馬車の前で、ジルは手を差し出す。
「貴女さえよければ…私はもう少し話がしたいのですが」
「あ……」
少し冷たい夜風が、のぼせた顔を優しくなでた。
「じゃあ……お願いします」
ジルの手を取り、イリアは馬車へ乗りこむ。
ゆっくりと走っていく馬車の中で
ジルはイリアに切り出した。
「イリアさん」
「あっ、はい」
深紫の瞳が、月明かりに照らされる。
「……王宮の、専属星詠み師になりませんか」
「…………えっ」
一瞬、耳を疑った。
王宮の?専属……??
一体どういう……
きょとんとするイリアに、ジルは続ける。
「星詠みや、未来予知の力で…プリンセスや国王陛下に関係する行事や式典などが安全によりよく円滑に進むよう、サポートしていただきたいのです」
「ジル様……」
向かい側に座ったジルは、ふいにイリアの頬に手を添えた。
イリアの肩がぴくりと震え、ブルネットのおくれ毛がふわりと揺れる。
「貴女が…必要です」
吸い込まれそうな紫の奥に
イリアの姿が映る。
ジルの瞳が徐々に迫る。
(えっ……??)
吐息のかかる距離まで迫ると、ジルは
「考えて……頂けませんか?」
そう言った。
「あ…あの……はい…」
イリアはしどろもどろになる。
「…あの時、もう」
ジルはそのままイリアの耳元に唇を寄せた。
「もう二度と、会えないと思っていました」
「ジ、ジル様…ぁっ」
髪を上げているため、ジルの吐息が耳元にかかる。
わざとそうしているのか、真意がわからないまま、イリアはその場で固まっていた。
「貴女には……そばにいて欲しいと思っています」
「えっ」
次の瞬間、馬車ががたんと揺れて止まった。
イリアの家の近くだ。
「ぜひ、考えておいてください」
ジルはそう言い残し、馬車は王宮へと去って行った。
ジルにほんの少し触れられただけなのに
イリアは全身に触れられてしまったような不思議な感覚を覚え
立ち尽くしたまま馬車の後ろ姿を見送った。