第3章 サソリ
草には個人的に取引のある相手がある。
磯の依頼で牡蠣殻を探した際、角都に他言無用で紹介してやったが、それきりで暁との関わりは一切なしの約束だ。
草は食えない里だが、使いでがある。殊、真っ当でない薬種に関しては融通が利く。揉めるのは好ましくない。
あの里との取引はサソリにとって有便なツールのひとつであり、暁に関わりないサソリ自身の数ある人脈のひとつだ。
他の連中も各々そうした伝手を持っている筈だ。何の興味もないが。
要らぬ関わりを持ち込まず、深入りせぬようまた距離を置き過ぎぬよう、慎重に付き合って来たというのに、この馬鹿女が…。この状況でサソリの前に現れた事が既に迷惑、面倒の種だ。
また、咳き込むような音。
甘い匂い。
サソリは舌打ちして振り向いた。
角都に伊草を紹介した段で既に失敗していたのだ。
見苦しい鬼鮫など放っておけば良かった。少し辛抱すれば、あの馬鹿な鮫も諦めてこの間抜けを忘れて常態に戻ったろうに、らしくもない仏心が仇になった。
いや、仏心ではない。
短気と投げ槍な性向が仇になった。間違いなくこっちだ。
鬱陶しい鬼鮫を我慢してやり過ごすだけの辛抱が出来ていれば、今目の前のこの面倒は現れなかったかも知れない。腹が立つ。
今牡蠣殻に向かってサソリを動かしているのはまたしても仏心ではない。
抗い難い好奇心だ。
草の秘薬。人を狂わせ、酔わせる麻薬。
痛みや憂いを消し、寿命と引き換えに無尽蔵の力を湧き上がらせる毒。
ただ草だけが扱う本草の、これもまたひとつの粋の形。
それを呑んだ者が目の前にいる。恐らくはまだ体の中に毒を包じながら。
屈んだサソリの手が牡蠣殻の顎に掛かった。
僅かに開いた口から甘い香りが漏れ、欠けた歯が覗えた。
「……ぶ…ッ」
サソリは牡蠣殻の顎から手を離し、口を押さえて顔を背けた。
は、歯っ欠け?バ、馬鹿じゃねえのか、何だコイツ、ますます変な…変な顔になりゃがっ…
「…ふ、ぶ…はは…は、はははははははははッ、バッカじゃねえかコイツ!こんだァ歯欠き殻かよ!だははははははッ、しょ、しょうもねえ!何やってんだ、マジコイツ!笑わせやがって、ぶっ殺す!ぶははははははッ」