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連れ立って歩く 其の四 和合編 ー干柿鬼鮫ー

第17章 逃げるのではなく。



寸の間躊躇った牡蠣殻が握り合った手を離して懐から革袋を取り出し、煙草を消して吸い殻を仕舞い込む。
冷たい雪交じりの風がさぁっと吹き渡って、煙草の香りを掻き消した。

「牡蠣殻さん」

もう一度低く呼んだ鬼鮫のその手を、牡蠣殻が両の手で改めて握り締めて笑った。

「何度も呼ばないで下さいよ。行き辛くなっちゃうじゃないですか」

いつものように掌に乾いた唇をのせ、牡蠣殻は鬼鮫の手を放した。柳の目が細く優しく鬼鮫を見詰める。

「それじゃあ、干柿さん。一足先に行きますと波平様にお伝え下さい。私は人に伴われて失せるあの感覚がどうにも苦手で…」

「勝手な事言いますねえ」

「本当にねえ」

「…他人事みた様に言うのは止しなさい。関係のない私さえイラッとしますよ」

「ははは、すいません」

朗らかに笑う牡蠣殻に溜め息が出る。
しかしこれで波平と牡蠣殻が連れ立って失せるところは見ずにすむ訳だ。

生温かい風が湧いた。
牡蠣殻の風だ。

後れ毛を逆立てた牡蠣殻に、鬼鮫が足を踏み出した。牡蠣殻を捕えて引き寄せる。腕の中に牡蠣殻が、初めて共寝して朝を迎えた女がすとんと収まった。
細い腰に手を回し、鬼鮫は低く言った。

「結局また逃げるんですかね、あなたは」

「違いますよ」

鬼鮫の肩口に顔を伏せた牡蠣殻が答える。

「今度は逃げずに、行くのです」

「…どっちでも一緒ですよ、馬鹿馬鹿しい…」

風に嬲られ外套の裾を乱した鬼鮫が抱き締めて雁字搦めにした刹那、牡蠣殻は消えた。
腕の中を名残りの風が吹き抜ける。

「言ったじゃないですか、ちゃんとするって」

薄っすらと牡蠣殻の声が遠のいて消える。

「ちゃんとしようがしまいがどうだっていい」

それに答えて鬼鮫は独り嗤った。

どの道私はあなたを逃がす気はありません。











隠れ処の表に戻ると、波平は落葉樹に寄り掛かった格好のまま、瞠目して俯いていた。何かに聴き入っている様だと思った鬼鮫の耳が山鳥の囀りを捉える。物思いに囚われて五感が鈍っていた。冷たい外気が今更ながら肌を刺す。

霜を踏みしだく鬼鮫の足音に波平が顔を上げた。

「牡蠣殻さんは一足先に木の葉に向かいましたよ」

鬼鮫が告げると、波平は張り詰めていたらしい気を脱いて腕組みを解いた。

「わかりました。では私も御暇させて頂きます」
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