第15章 ならそのままで
「蛾か。蛾もいいですね」
「蛾の方がいい?変な人ですねえ」
「蛾も嫌いじゃないですよ」
「そうですか。なら蝿でいきましょう」
「…いや、構いませんけどね、一向に。蝿にも可愛げがありますし。しかし意外に大人げありませんよね、干柿さん」
「大人ですよ、私は。だから相手に程度を合わせられるんです」
「つまり私が大人げないと仰る?」
「あるとでも思ってるんですか?」
「?アレ?考えた事ないな…」
「…馬鹿ですね」
「おかしいな…。何で考えた事ないんでしょう?」
「私に聞かれても知りませんよ」
「干柿さんは考えた事がおありなんですか、ご自分の大人げについて」
「…あなたに関係ないでしょう」
「ないんですね?ないんでしょう。…ふ…」
「死にたいんですか?」
「ええ?そんな訳ないでしょう。折角目覚めに干柿さんがいてくれて嬉しいのに、何で死にたがらなきゃならないんですよ」
交わったとき見せた猫の様な仕草で鬼鮫に頭を擦り付けて、牡蠣殻は深い息を吐いた。乾いた肌が温かい。鬼鮫は牡蠣殻の盆の窪と腰に手を回して、その温みに瞠目した。
「あなたを嬉しがらせるのは随分簡単なんですね」
「そうですか?」
「一緒に寝るくらい、側にいれば何時でも出来ますがね」
「しかし干柿さんは忙しくなるのでしょう?」
「そうですよ」
「それでは仕方ありません。こうゆっくり共寝するのも互いに難しくなるでしょう。何はともあれ、体に気を付けて息災でいて下さい」
「ほう。あなたにそんな事を言われるとはねえ」
「何かご不満でも?」
「切りがない事を論う気はありませんよ」
「…ああ、そうですか。申し訳ありませんねえ」
「どういたしましてとでも言って欲しいんですか。心にもなく謝られてもイライラするから止めなさい」
「またそうやって決め付ける。本当に申し訳ない事ないと思っていない訳でもなくないんですよ」
「骨の髄まで口減らずですねえ、いっそ感心しますよ、牡蠣殻さん」
「え?感心しました?照れますね」
「底抜けですよ、あなたは」
「呆れ顔で褒めないで下さい。じわじわ情けなくなって来るじゃないですか」
「腐されているんだから当たり前です」
「聞こえません」