第15章 ならそのままで
明け前の空の端っこに、大きな星がひとつ光っている。
ヒナタは白い息を吐きながら、肩をすくめて静かな通りを急いだ。
特に用がある訳ではない。ただ、昨日シカマルのうちの庭で見た林檎をまた見たくなっただけ。いつもより早く目が覚めて、うちまで送ってくれたナルトの事を考えていたら、無性にそうしたくなってしまった。
もしかしたら、そこでまたナルトに会えるような気がして。
ここ数日で里は急に冷え込んで来た。今年は冬の訪れが早そうだ。日向の家でもそろそろ庭囲いの支度が始まるかも知れない。庭の景色が少し寂しくなる。
シカマルの家が見えて来た。
辺りが霧がかっているのは森が近いせいか。けれど霧の中でも紅い実は灯火のような明るい色を灯している。
足早に近寄りかけて、フとヒナタは足を止めた。白く視界を煙らせる呼気を潜めて一歩退がる。
霧の中に人影があった。ほんの束の間、ナルトの顔が過ぎったが違う。それにしては背が高いし、ゾロリと羽織った長い上っ張りに見覚えがない。
人影はぼうっとした様子で林檎の木を、シカマルのうちの庭を眺めている。
…泥棒…?
まさか木の葉に奈良のうちへ盗みに入る者が居るとも思えない。そんな真似をしてもシカクとヨシノに叩き出されるのがオチだし、特にヨシノは泥棒なんか絶対に許さない。台所の土間に正座させて、一昼夜は拳骨付きのお説教をしそうだ。
だから、里で有名な奈良の御新造様を知る者なら、そんな馬鹿な真似はしない。
ならあの人影は何者だろう。
余程の物思いがあるのか、人影はヒナタを一顧だにしない。ただただ奈良家を眺めている。
何処か人待ち顔のように思えるが、それも心許ない茫漠とした雰囲気が人影を今にも消えてしまう幽霊か何かの様に見せて、ヒナタは更に一歩退がった。
その時奈良の雨戸が軋んで、誰かがひょいと顔を突き出した。
伊草さん…?
昨晩ナルトて居た愛嬌のある奇妙な男だ。シカマルのところに世話になると言っていた。
「そこな御仁はもしや磯影殿かいな」
霧がかった冷たい空気を、昨夜聞いた野太い声が震わせる。
矢張り伊草だ。
ヒナタは体を固めて更に一歩退いた。変なところに出くわしてしまった。
磯影?
薬事場の磯の人たちに関係のある人?
「明け時に失礼」
ちょっと戸惑った様な間を空けて、磯影と呼ばれた人影が、笑いを含んだ、でも固い声で応える。