第14章 磯辺に鬼鮫 ー裏ー
「まあいいですよ。腰を据えて愚にもつかないやり取りをするのも、たまの事なら悪くない。好きなだけ減らず口を叩きなさい。我慢してあげますから」
言いながら掛布を引き上げた鬼鮫に牡蠣殻は柳の目で笑った。
「我慢してたんですか。干柿さん、言いたい放題なので気が付きませんでしたよ」
「そうですか。それはあなたらしく雑な事ですね」
「へえ?私らしいですか」
牡蠣殻は妙に嬉しげに身を震わせ、鬼鮫に寄り添った。
「それは嬉しいですね」
「雑なのが?そんな事を嬉しがられちゃ迷惑ですよ」
「え?いや、そういう事じゃなく…私らしい何かしらを貴方が知ってくれているのが嬉しいのです。うん。嬉しいです」
「…ほう。殊勝らしい。しかし私としてはもう少しマシなあなたらしさを知りたいところですよ。切実に」
「それはおいおいご自分でお見つけになって下さいよ。あったら嬉しいですね。マシな私らしさ」
「人事のように情けないことを言いますね…」
「あれ?そういえばサソリさんはどうしました?」
「今頃何ですか…。つくづく呑気な。彼の事なら気にしなくていいですよ。今ここには居ませんから」
「家出ですか」
「ここは別宅ですよ?わざわざ家出する必要ないでしょう。馬鹿ですねぇ」
「雑じゃなく?」
「馬鹿も雑もあなたのものです。安心しなさい」
「…成る程…」
下らないやり取りをしながら、思いの外手触りのいい髪を撫でる。手入れなどしないように見えるが、そうでもないのか。いや、海藻が好物だというからその余録か?
他愛ない物思い。牡蠣殻の匂い。交わりの後の、安堵感を伴う気怠さ。温かい体。触れ合える距離。
向き合って逃げない、朝までの共寝。
遠さが消えた。
もう無理をする必要はない。
目が合う。抱き合う。
長い道程が、やっと重なった。
そう思った。