第13章 一方その頃波平は…
波平も煙草を吸う。
好みはない。喫煙に深入りする程煙草草を好かないからだ。
煙草を嗜むには理由があり、意味がある。
深水舎で学んだ者ならば知れた事。
失せるとき、現れるとき、磯の者は必ず風を起こす。
それを手繰るには煙草の煙が最も簡便なのだ。
風は各人により色合いを変える。
磯辺は捉えどころない生温かい風を、海士仁は冷たく荒ぶる風を、藻裾は軽やかに取り留めない風を、また我で知る事は叶わないが、他に言わせれば波平は清爽な風を吹かせるという。
煙草の煙は逃げ隠れの巧い磯者の去来を分かり易く報せてくれる。
「お前も煙草を吸うんだな」
不意に声をかけられて顔を上げると、開いた扉戸に肩を預けた綱手がこちらに笑顔を向けていた。
「…これは、気付きませんで失礼しました」
煙草を消そうとした波平を、綱手が手を上げて止める。
「いや、いいんだ。ーカカシとアスマが、明日にでも会いたいと言っていた。ここに来る前にアイツらと一杯引っ掛けて来たんだな?」
綱手の声を聞きながら、波平はぼんやりと煙草の煙を目で追った。
「少々企みのありまして」
この状況で綱手に隠し事するつもりは最早ない。
「牡蠣殻を探索するならば手心を加えて貰おうと思いました。まさか若い者にその任が回されるとは思いもよらず」
「手心?」
波平は煙の筋から眉を顰めた綱手に視線を移した。
「牡蠣殻を消される訳にはいきませんので」
気負いなくあっさり言い放った波平に綱手の眉間の皺がより深くなる。
「…アタシが牡蠣殻を消したがっていると?」
「違いますか?違うのであればそれに越した事はありません」
新しい煙草を手繰って波平は燐寸を擦った。硫黄の香りがチリリと立って、即座に四散する。
「手元に囲うのでなければ厄介なのではないですか?何処の者でもない牡蠣殻は、これから木の葉と敵対する事もあるかも知れない」
「牡蠣殻を消す気はない」
苦々しげに言った綱手の顔をじっと眺め、波平は半眼を暗い窓表へ向けた。
「忌み血がビンゴブッカーになってしまっては話にならない。それでなくともアレは砂との国境で大勢の人死にを出した、あの音の仕業の引き金になっています。木の葉の内部を乱しかねない要素もある。あなたが牡蠣殻を邪魔に思うのはむしろ当然の事です。火影として至極真っ当な判断でしょう」