第4章 1冊の本
「あの時、読み終わったらお貸しします!って言おうとしたをだけど…さすがに不審者だと思ってやめたんだ。」
と笑いながら言う。
たしかに、あの時声をかけられていたら、驚いたかもしれない。それにしても、どれだけ優しい人なんだろう。見ず知らずの人にそこまでしてあげようと思うなんて。私だったら、やったー、で終わりだな、なんて考える。
「でもまさか、もう一度会えるとは思ってなかった。最近この辺りに引っ越してきて、スーパーで君を見たときは嬉しくて声かけそうになったけど、急に知らない人から声かけられても、ねえ?」
と眉を下げて笑う。櫻井さんは嬉しくなると誰彼構わず声をかけたがるたちなんだろうか。
「凄い偶然、です。」
「うん、もう俺の中では勝手に運命かと。」
冗談めかしく言うそれに、運命という言葉に、少し意識してしまった。
「………、」
そういう冗談に慣れていない私は、案の定一瞬黙ってしまう。間違えた…黙っちゃだめなタイミングだ。
なんとか誤魔化そうと出てきたのは「あ、はははは、」という、不自然な笑い。
急に笑う私に櫻井さんが驚いたように目を丸くした。間違えた…笑っちゃだめなタイミングだったのか。
私が反省していると、下を向いた櫻井さんが「……ふっ、」と声をもらした。
「…っははは、あ、ごめん、笑っちゃった。」
片眼をつむり、手で口を押さえる姿も様になる人。やっぱり芸能人なんだなあ。
「さんさえ嫌じゃなければ、
俺はその運命に甘えたいんだけど、」
「え?」
櫻井さんの言葉は難しい。奥がありすぎて、薄っぺらの私には一瞬じゃ理解できない。
困る私に優しく笑ってこう言った。
「今度一緒に、お食事行きません?」