第4章 1冊の本
新刊のど真ん中に明道妙子の文字。しかし、並べてあるはずの本たちは全然ない。…すごい、大人気。今日手に入れるのは無理そうだと、諦めかけた時、1冊だけ、残っているのに気がついた。
ついてる!
最後の1冊に手を伸ばした時、丁度隣にいた男性と手が触れた。
「す、すみません、」「あ、すみません。」
ほぼ同時にお互いを見る。そして手を伸ばした先を見ると、私たちの目的が同じことに気づく。
「……あ、どうぞどうぞ。」と男性から少し離れた。
「あ、いや、どうぞどうぞ。」
と男性も私に譲るように右手を何度か本に向ける。
「い、いえ、私は…」
「…ほんとに?」
マスクをしていて表情は読み取れないが、男性は少し嬉しそうだった。
「あ、はい。たまたま、だったので。」
「お好き、なんですか?明道妙子さん。」
「…え、ええ、まあ。」
「僕も、最近知り合いに進められて…見事にはまっちゃいました。」
「わかります、」
「いいんですか?僕が先に頂いて。」
「はい、私は流行りが過ぎたくらいにまた挑戦してみます。」
「……、」
男性が何かを言いかけて、言葉を飲んだ。
「では。」
会釈をして本屋を出た。今日はコーヒーでも飲みながら、家にある本でも読もう。本を手に入れられなかったのは、きっとそういうことだ。