どうやら私は死んだらしい。【HUNTER×HUNTER】
第5章 素性
「イルダ・ランガ」
看護師の問い掛けに、彼女は即答する。
けれど彼女と思考や感覚を共有しているせいか、その名前が本物ではないと何となく感じた。
『あ、やっぱ分かるのね』
彼女は、あっけらかんとそう言う。
「イルダさん、ね。またお呼びしますので、それまでこちらでお待ちください」
彼女は看護師に促され、近くの長椅子に腰掛けた。
『どうして、偽名を……?』
『そんなの決まってるじゃない。使い勝手が良いからよ』
彼女があまりにも平然と言うので、私は反応に困ってしまった。
彼女の名前を呼びたい。けれど逆に言うと、本名では都合が悪いと言うことなのだろうか。
『……あの、私も、あなたの事はイルダさんと呼んだ方がいいですか?』
『は?』
私がそう尋ねると、彼女は『なに言ってんの?』と、声を殺して笑った。
『アンタってホント遠慮し過ぎ。こんな筒抜けの状態で知られずにいられると思うほど、あたしも馬鹿じゃないわ。それに、今後は使っていく事になりそうだし』
『今後……?』
『ハンター試験。あれって本名じゃないと登録できないじゃない?だからヤだったんだけど……念に興味も湧いたことだし、毒を食らわば皿までって言うでしょ』
そう言って、彼女は自分の髪を指でとかす。
『あたしはサキ。本名よ。よろしく。あ、さん付けは無しね』
『……サキ』
私は彼女の名前を、忘れないように胸の中で何度も呼んだ。サキはそれを『恥ずいからやめて』と、照れ臭そうに聞いていた。
カツリ。
不意に、視界に特徴的な靴が入り込む。
「お話し中かい?」
「……アンタ、帰るんじゃなかったワケ?」
サキは、その靴と声の主であるヒソカを見上げた。
ヒソカは目を細めると、さも当然のように彼女の隣に腰を下ろす。
「つれないなぁ。君が残ると言うから、ボクもそうする事にしたのに。渡り鳥は、注意して見ていないといつの間にか居なくなってしまうものだろう?」
彼の言い回しにサキがピクリと反応した。
「あたしの事、知ってるのね?」
「噂程度にね。ボクはそこまで情報通ってワケじゃないから」
どこか判然としない会話に、私は成り行きを見守る。
ただ、彼女がピリついているのが分かった。
「今度はイルダか。君の中には一体何人いるんだい?」