どうやら私は死んだらしい。【HUNTER×HUNTER】
第4章 異心同体
「サチが、アンタと話したいって言ってんの。って言っても、あたしを通すことになるけど、いいわよね?」
首筋を、汗がつうっと伝うのを感じる。声の調子からは想像できないくらい、彼女が緊張しているのがわかる。
エントランスからは、堪えるような笑い声が聞こえてきた。
「本当に、君とサチは別人なんだね」
「馬鹿にしてんの?」
「いいや、律儀だなと思っただけさ」
「マジでどうでもいい。サチと代わるわ」
こんなに鼓動が早いのに、彼女は強い。
『なによ、今更怖じ気付いたなんて言わせないわよ?』
どきりとする。でも。
『私も、負けてられませんよね。うん、よし。よろしくお願いします!』
『当然』
私は、視界に入る男性に、“少し待っていてください”と声掛ける。そうして心の中で目を瞑ると、彼女が合わせるように瞼を閉じた。
呼吸を整え、薄く目を開く。
私が、彼に一番最初に伝えなければならない事。それは──
「ヒソカ、ごめんなさい」
──謝罪だ。
「私があなたに師事を仰いだのに、逃げ出すような真似をしてしまって。あなたに、こんな事をさせてしまって」
彼女が、私の言葉を追うように声を発してくれる。
「私、もう逃げないことにしました」
まるで、自分で喋っているように錯覚する。
「必ず、戻ってきます。だから、今ここで倒れている人達を、先に病院へ連れて行かせてください」
言った。言った。
心臓が、ばくばくしている気がする。
私には切り札が、有るようで、無い。なのに──
「イヤだ、と言ったら?」
──彼は、意地悪だ。
けど、と私は自分の胸の声を聞く。
今回ばかりは、“なら仕方ない”で済ませられない。私が折れれば、目の前のこの人は死ぬかもしれない。
それは、私が殺したことと同義だ。
「私は、思う事しかできません。でも、譲れないんです』
『……へぇ、言ってくれるじゃない。けどさ』
ぷっ、と突然彼女が笑った。
『え?な、何かおかしかったですか?あ、ひょっとして格好付けすぎでした!?』
『アハハ、違う違う。いや、違わないけど』
『??』
『アンタそれ、全然交渉じゃないじゃんって話。……そうね、いいわ。変わったげる』
そう私に告げると、彼女はエレベーターの壁から背を離し、徐に動き出した。