どうやら私は死んだらしい。【HUNTER×HUNTER】
第8章 君の理由
『そうして全部片付く頃には、丸三年の月日が流れていた。追いかけっこが長引いたせいで、初め居た国からは随分遠くまでやって来ていたわ。指示していた人間は、あたしを引き抜こうとしつこく声を掛けてきたことのあるヤツだった。どんな人間かと思えば……何のことはない、自分の地位が脅かされるのを勝手に恐れてただけの小物だったわ』
サキが、ふぅ、と肩を落とすようにため息を吐く。
胸が重たい。
『……虚しさは底が見えないほど深い穴を作っていたけど、思い残すことは何一つ無いと思った。後はどう“終わらせる”か……そんなことを考えていた矢先のことだったわ。点けっぱなしだったラジオから、酷く懐かしい名前が流れてきたの。“ヘンリー=バラコーマ議員”って』
椅子に座り、ぼーっと天井を眺めていたサキが、ハッとして机の上にある灰色の小型のラジオを凝視する。
サキの心に、ざわめきを感じた。
『……あたしはそれまで、父は死んだものと割り切っていたわ。けど、忘れようとしていたその名を聞いて、あたしはふと母のことを思い出した。あの、ただただその名の人物の迎えを待っていただけの、どうしようもない母を。……けど、それでも、あたしにとって母はやっぱり“母”だったみたい。流星街を出た日、車に揺られながら、“もし父が母の死を知ったら、少しは悲しんでくれるだろうか”なんて思ったことまで思い出しちゃったのよ。そんな考えは、父の迎えを待つように無意味だと気付いていたから、それまで蓋をしてきたのにさ』
どくどくと心音が鳴る。これは彼女の記憶の中の音だろうか?
なんの変哲もないラジオから目を離せないでいるサキは、手のひらが痛むほどにきつく拳を握った。
『“終わらせる”にはまだ早い、と、誰かに言われた気がしたわ。そして、死ぬのは父に母の死を伝え、先にあの世で待つ母を迎えに行かせてからでも悪くはないと、そう思った。そして、そのためにはまず、この国に住む“ヘンリー=バラコーマ議員”が父であるかを知る必要があったわ』
サキは一度噛み締めるようにまばたきすると、紙とペンを用意し放送内容を書き留めて、急かされるように部屋を後にする──。