どうやら私は死んだらしい。【HUNTER×HUNTER】
第8章 君の理由
サキの思い出す景色は、優雅さを感じさせる石造りの街並み。広い道に青々とした街路樹と黒い街灯が規則正しく並び、統一感のある棟続きの家々を一層引き立てていた。
『その時偶然目に入ったのが、道端でやってる大道芸。ジャグリングだとか、積み上げたパイプの上に乗るやつだとか……大したことしてないのに、皆お金を投げて行くのよ。流星街(あのまち)じゃ、まず考えらんないことだった。その程度ならあたしにだってできるわと思ってさ、対抗意識燃やして色々やってたら、財布の中身が今まで見たことのない金額になったの』
小さなサキの両手が、小銭で一杯になった海老茶色のがま口の財布を、ぎゅうっと握る。
『嬉しくてニヤついて、こんな簡単に稼げるなら皆死ぬ必要なかったんじゃないかって悲しくなって。そんな時に、あたしは“おじさん”に声掛けられた』
『──凄いじゃないか、お嬢ちゃん!どこで覚えたんだい?』
唐突に、男性の陽気な声が降ってきた。
財布を見ていたサキが驚き顔を上げると、そこには目を輝かせる、口髭を生やした恰幅の良い初老の男性が、目線を合わせようと腰を屈ませていた。慌てて財布を後ろ手に隠すサキを気に留める様子もなく、男性はキョロキョロと辺りを見回す。
『ご両親はどちらにいらっしゃるのかな?おじさん、ちょっとお話したいんだけど』
『……両親は、死にました』
それは事実ではなかったけれど、サキの中では本当だった。
『おっとすまない、それは辛いことを聞いてしまったね……。聞き方を変えるよ。お嬢ちゃんのご家族は今どちらに?』
押し黙るサキに、おじさんが眉を寄せ首を傾げる。
『まさか一人ってわけじゃあ』
ぐうぅ。
言葉を遮るように鳴る音に、サキはカッと顔を赤らめる。そして、なんて空気の読めない腹の虫だろうか、とお腹を押さえた。
おじさんは、ほっと口をすぼめて驚いた後にっこりと笑い、街に漂う香りをすうっと吸い込んだ。
『そう言えば、焼きたてのパンのいい匂いがするね。焦がしたベーコンに、とろけたチーズの芳醇な香りもだ』
ぐおお。
と、おじさんの方から大きな音がした。
おじさんは慌てて自分のお腹を押さえ、恥ずかしそうに笑う。
そして、
『ようやく笑った』
と言って、大きな手でサキの頭を撫でた。