どうやら私は死んだらしい。【HUNTER×HUNTER】
第8章 君の理由
無力感。言うなればそれだと、私は思った。
感情を圧し殺すように、言葉が止まってしまわぬように、サキは語り続ける。
「そう。確かに二人のおかげで、あたし達は潤ったわ。彼女たちの意向で、“報酬は全て街の子供たちのために”と、事前にことづけてあったらしいの。だから、あたし達のコミュニティでも栄養失調で死ぬ子はほとんど居なくなったし、病気で死ぬ子もうんと減った。……でも、その生活が長く続かないことは、誰の目にも明らかだった。次は誰を生け贄にするのか……コミュニティ内に、そんな雰囲気さえ漂いはじめていたわ』
サキはそこまで言うと、長く長く息を吐いた。
そして、吐き切る最後の息に乗せ、彼女は一言、
『そんなある日、母が死んだの』
と、呟くように言った。
──脳裏に映るのは、赤みがかった空と、今にも潰れそうなあばら家。その家の前に、ごそごそと動く影があった。
『その日、あたしが家路につくと、母は地べたに“這いつくばって”いたわ。“倒れて”いたんじゃなくね。……母は、泥をかき集めて、噎せながらも美味しそうに食べていたのよ。黒ずんだガソリンに濡れた泥を……キャビアだって言って。いつからそうしていたのか分からない。ただ、いつも身なりだけは綺麗にしていたのに、体中、顔中、虹色に光る泥まみれで……口からは、黒々とした液体をだらだらと滴らせていた。どれだけ止めても、母にあたしの声なんて、もうちっとも届いていなかった。痙攣を起こしながらも、掠れた声でただ、いとおしそうに父の名前を呼んで……本当に、本当に幸せそうな最後だったわ』
サキの思い出す母親は、先程視た儚げで美しい女性とは似ても似つかないほどに痩せ細り、黒く汚れ切っていた。
枝くれのような手がサキの手を取り、暗く窪んだ目は彼女の琥珀色の目を熱っぽく見つめる。けれどそれは最早、この母親がサキをサキと認識していないからに違いなく、名前を呼んでいるのであろう女性の口の動きは、私でさえそれをまざまざと思い知らされるようだった。
『それで、あたしはもう無理だと思ったの。耐えられなくなったのよ。流星街(こんなところ)にいるから、こんな思いをするんだ、って』