【テニプリ】俺なしでは生きられなくなればいい【木手】
第1章 俺なしでは生きられなくなればいい
時々私は、いつかふいに永四郎に嫌われて別れを告げられてしまうのではないかと不安に駆られるのだ。
「今だってさ……ボタン一つ満足につけられずに、永四郎につけてもらってるし。去年の穴だらけのマフラーだって、失敗したお菓子だって…」
自分で言っていて情けなくなってきた。
本当に何で私は永四郎の彼女でいられるのだろう?
何一つ満足にできやしないこんな私を、何故彼は咎めもせず受け入れてくれているのだろう?
情けなさから自然と下を向いてしまい、重力に引っ張られるように涙が目からこぼれそうになる。
そんな私の気持ちを、永四郎の一言は、一気に晴らしてくれた。
「そんなことで不満を感じるようなら、始めから君と付き合っていませんよ」
永四郎の言葉に顔をあげると、永四郎は私の目に溜まった涙を見つけて少し困ったような顔をした。
「美鈴、俺が何故、君に手取り足取り教えないか、分かりますか?」
「……? 私がやると大変なことになるからでしょう?」
首を傾げながら私がそう返すと、永四郎はゆっくりと首を振った。
「根気よくやればいつかは出来るようになると思いますよ。けれど、俺は君に出来るようになってほしくない」
「どうして?」
「今のまま、いつまでも君に頼られたいから、ね」
少しだけ困った顔のまま、永四郎が小さくふっと笑う。
続けて彼は息を一つ吐き出して、ゆっくりと顔を近づけてきた。
「俺はね、君の心が離れてしまうのが、何よりも怖い」
「そんな、心が離れるだなんて有り得ないよ」
大きく首を振って永四郎の言葉を否定する。
それを見て彼は少しだけ安堵の表情を見せた。
そして、ゆっくりと言葉を続けた。
「そう、だといい。ずっと俺のことを必要としてくれるといい。……だから、ずっと俺を頼って欲しい。俺から離れられなければいい、そう思っているんですよ」
「永四郎……」
「ずるいでしょう。卑怯なんですよ、俺は」
「そんなことないよ、永四郎」
眼前にある永四郎の目をレンズ越しにじっと見つめると、彼の目が少しだけゆらゆらと揺れているように見えた。
それは私が初めて見た、永四郎の弱さだったのかもしれない。
「俺なしでは生きられなくなればいい」
小さく呟かれたその言葉の後に、永四郎は私の唇にそっと口づけをしたのだった。