【テニプリ】俺なしでは生きられなくなればいい【木手】
第1章 俺なしでは生きられなくなればいい
永四郎にこの胸の音が聞こえてしやしまわないかと心配になるが、彼の胸に耳を当てれば同じように彼の鼓動も早くなっているのに気づく。
私の心臓の音なんて気に掛けるほどの余裕は、今の永四郎にはなさそうだ。
永四郎の腕に力がこもって、ぎゅっと彼の胸に顔を押し付けられた私の胸の中は、恥ずかしさと申し訳なさとでない交ぜになった。
今こうやって思い出しても顔がかぁっと熱くなるほど、あの時の永四郎はかっこよかったし、なにより真剣だった。
なのに私はその時恥ずかしさから茶化すような言葉しか出てこなくって、永四郎は呆れたようなため息をついたんだっけ。
いい雰囲気だったのに、それをうまく生かすことが私には出来なかった。
キスの一つでもしちゃえばよかった、なんて、今なら思えるんだけど。
「……何か変なこと考えてますね」
「えっ?!か、考えてないよ?」
「顔に出ていますよ。さっきから一人で百面相していましたよ」
「うえっ?!本当??!」
永四郎の切れ長の目がじっと私の顔を見たので、思わず顔を触って確かめてしまう。
そんな私の慌てた様子が面白かったのか、永四郎は低く、くくっと喉をならして笑った。
「本当に君は飽きませんね」
言って永四郎の目が細くなって優しさを帯びた瞬間、私の胸は高鳴った。
どくんどくんと音を立てて、血が一気に体中を駆け巡ったような気がした。
そんな顔をしてこっちを見るなんて本当、反則だと思う。
「はい、出来ましたよ」
「あ、ありがとう」
手渡されたシャツを受け取って、きゅっとそれを握りしめながらお礼を言う。
縫い付けられたボタンはどれも綺麗に制服の上に並んでいて、私はそれを指先で軽く弾いてみる。
その行為に特に意味はなく、永四郎もただぼんやりと私の行為を眺めていた。
ふと訪れた静かな空気になんとなく気まずさを覚え、私は常々抱えていた疑問を口にしてしまっていた。
「永四郎はさ、」
言いかけて、私はまたボタンを指先で触る。
しっかりと縫い付けられたボタンは私が指でいじったくらいではビクともしない。
「永四郎は、こんな私が彼女で不満じゃない?」
完璧な彼氏。
何だって卒なくこなしてしまう彼氏。
かといって私にそれを求めるでもなく、ありのままの私を受け入れてくれる彼氏。
なんだって永四郎はそんなに私に甘いのだろうか。