第2章 現実逃避しよ。
『疲れた…死ぬかと思った…』
職場の更衣室で膝を抱えて座り込んでいるのは、今年30才になった スズキカナエ。
都内のまぁまぁ高級なホテルのレストランで働くカナエは、大人気の朝食ブュッフェと言う戦場を切り抜け、制服から通勤服に着替えていた。
『明日から2連休…やっとで休める…』
勤務体制が極端に不規則な職場。繁忙期とあって全く休みが無く、寝不足も重なってカナエは体力の限界だった。
着替え終わったカナエは更衣室を出て、従業員用出入口から外に出る。
「あ!スズキ!おっはよー 今あがり?」
『トミダさん…おはよーございます』
彼はカナエと同じ職場で働く、3期上の先輩でである。
『ランチとディナーは暇そうだから、もうあがって良いって言われました』
「良かったじゃん!俺も帰りた~い」
『今来たばっかじゃん…』
顔はそこそこだが、背が180㎝程もあり、スタイルも良い。イケメンの部類には入るのだが…
「それよりさ!昨日発売したワンピース読んだ!?」
話すと残念である。
『あっ!昨日でしたっけ!?忙し過ぎて忘れてた…』
なんたる不覚。
そういえば、社会人になってからのワンピースの記憶があやふやになってるな…読んではいるんだけど…
それまではあんなに読み返してたのに。
カナエはここ数年の仕事漬けの毎日を後悔した。
「まじヤバかった!なんであんなに面白いんだろうなぁ~。あれどうなるんだろうな!サンジがさぁ~…」
『私まだ読んで無いんですって!それ以上言ったら斬るぞ』
ネタバレされたら楽しみが無くなる。
「バカめ…俺は自然系だ。はたして君に斬れるかな?」
『フフフ…私が覇気使いだと忘れたか』
声は控え目にしているが、いい大人の会話では無い。
「あっ!しまった!遅刻する!」
『走れ!お疲れ様でした~』
「おつかれ!ゆっくり休めよー!」
この残念な人が、仕事となると紳士を気取ってマダム達をもてなしているので笑える。