第2章 幸せな微睡み(歌仙兼定)※
「まるで朝露に濡れた蓮の様だ」
溢れそうになる涙をその指先で掬いながら、向かい合う彼は呟いた。穏やかな、本当に野に咲く花でも慈しんでるかの様な、そんな顔をしていた。
反対の手で淡々と私の胸を浴衣越しに責め続けているというのに。
「んっ…」
私と歌仙はそういう仲だった。
主と従者の、一線を越えた仲。
酔っていたせいで、始まりは余り憶えていない。
ただ、酷く悲しい出来事があって、自暴自棄になった私を歌仙が優しく癒やしてくれた。
それ以来、私に辛い事、悲しい事があると彼はそれを敏感に察し、抱いて慰めてくれるのだった。
悲しみが消える訳では無いし、居なくなってしまった者達を忘れる事なんてできない。
ただ塞がっていた悲しみ以外の感情を、歌仙は何度だって心に呼び戻してくれるのだ。
何故こんな事をするのかと情事の後、一度だけ問い掛けたことがある。
「目の前で可憐な花が萎れているのは風流じゃないからね」
風流か、風流じゃないか。彼の判断基準は全く持って彼らしいものだった。
貴方が特別だから、なんて都合の良い答えを期待した自分が途端に愚かしく思えて。それと同時に私はこの男に特別な感情を抱いてしまったのだと、心がしんと冷える様なとても虚しい気持ちになった。
その虚しさは何度抱かれても薄れる事など無く、誰にも見えない心の奥底に仄暗く積もるばかりだった。
積もる想いがついに限界を超えたのか。
はたまた祝いの席で飲んだ久し振りの日本酒に、ただ気分が浮かれていただけなのかもしれない。
今日、私は初めて自分から歌仙を部屋に誘った。