第1章 その名を呼ぶ。
コーヒーメーカー特有と言うのだろうか、小さく聞こえてくる豆を挽く音が不思議と心地良い。
今の時間帯は・・・大体午後8時と言ったところか。
いつもこうなのかは知らないが、この店は無駄な雑音が聞こえてこない。居心地の良い、と言う言葉がしっくりくる。
カウンターの向こう側でカチャカチャと音を立てて作業をする女に目をやる。
・・・年齢は僕よりは歳上くらいだろうか。
リリイの事を真祖と、僕の事をその主人だと解ってる。
普通の人間ならば口にする事も無いその単語を、この女は意味も含めて知っている口振りだった。
月音「・・・ん?
あ、フォンダンショコラはもう少し待ってねー。本当は出来立てを提供したいところだけど、さすがに時間かかっちゃうから」
御園「別に構わん。
・・・・・・貴様、真祖について“どこまで何を”知っている?」
リリイ「もう、御園ったら・・・」
月音「・・・どこまで、何を・・・か。
んー・・・そうだな。ゼロから全部知ってる訳じゃないけど、御園くんが知らない何かを知ってる・・・かな」
御園「何・・・?」
月音「でも、その時にならないと言えないし言わない。
何事も現実じゃないと信じないもんだしね、ヒトって。現に、私の事を半信半疑な御園くんみたいにね」
御園「それは・・・」
確かに、この女の言う通りだ。
誰だってついさっき出会ったばかりの人間を信用しろと言われて、馬鹿正直に信じるはずがない。
月音「ああでも、さっきの事と私とリリイの関係は言ってもいいかなー」
御園「!」
月音「ま、取り敢えずはご注文の品をどうぞー」
そう言って女は僕が注文したフォンダンショコラとリリイが注文したコーヒーをそれぞれの前に置いた。
・・・なんと言うか、こいつのペースはイマイチ掴みどころが無い。