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十四郎の恋愛白書 1

第14章 No.14


「……!!」

屈強な男達の一糸乱れぬその姿は圧巻で、ゆきは言葉を失い口元を両手で覆った。
大きく見開いた黒い瞳からは、ポロポロと大粒の涙が止めどなく溢れ出る。

そして自分もゆっくりと右手を額に持ってきて、泣き笑いながら敬礼したのだ。

「ありがとう、ござい、ました…!」

震える声が秋空に吸い込まれる。

ゆきとオレ達の周囲を、門前にそびえるイチョウの木が黄色い扇型をヒラヒラ舞い落として、飾った。


こうしてゆきは真選組を後にした。





屯所にある黒い乗用車でゆきを送る。
ゆきは助手席で未だ涙を拭っていた。
オレはそんなゆきの艶やかな黒髪を左手でサラリと撫でてやる。

「皆さんにこんなに良くしていただして、私、本当に…」
「あぁ。…また、いつでも遊びに来ればいい」

赤い目をハンカチで押さえるゆきは嬉しそうに笑った。




久しぶりに握るハンドル。
昼過ぎのこの時間帯、江戸の街は人で溢れ活気に満ちていた。
定食屋やゆきの仕事先のビルには昨日挨拶を済ませている。

「…ゆき、海、見に行かないか?」

このままゆきを自宅まで送って、ハイサヨナラというのは味気なく思えた。
せっかく元の身体に戻れたのだ。もっとゆきと一緒にいたい。
あれこれ考えた結果、海に誘った。武州にずっといたゆきなら海を見た事がないのでは、と思ったからだ。

「はい!行きたいです!」

案の定ゆきは顔を輝かせた。




秋の海岸に人気は無く、白い砂浜と紺色の波のコントラストが果てし無く続いていた。

「うわぁ!海だ!」

はしゃぎながら車を降りたゆき。そのまま波打ち際まで行くとしゃがみ込んで水をパチャパチャ触る。

「うわぁ、冷たいー!」

オレも車を降りて、タバコに火をつけた。
波風に白煙が流されていく。

「トシさーん、来て下さーい!」

ブンブン手を振るゆきが幼く見える。
オレは頬を緩ませるとゆきの側まで行った。

「ほら、可愛い貝殻見付けました!」

差し出された掌には、1センチ程の小さな桜貝が乗っていた。
オレはそれを摘み上げるとポソッと呟く。

「ゆきみてぇ」

途端にゆきは頬を膨らませた。
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