桜の葉が舞い散る季節、貴方の傍に居られたら… 【気象系】
第8章 SAKURAI
「そうだったな、俺が誘ったんだよな…」
ニノの機転を利かせた言葉に、暫く考え込んでから、翔さんが漸く口を開いた。
”分からない”ってことを逆手にとるのは、正直気が引けた。
でも、今は”分からない”ことを利用するしかななくて…。
少しでも場を和まそうとおどけてみせるニノを他所に、俺は一人熱くなった目頭を、こっそりと抑えた。
「懐かしいな…」
そう言った翔さんが思いを馳せているのは、きっとこの景色じゃない。
あの人…大野先輩だ。
顔なんて、見なくても分かる。
早くこの場から立ち去りたい。
去ってしまったあの人を思い出して、悲しい目をする翔さんを、これ以上見ていたくない。
だから、二ノが「帰ります?」と言った時、俺はそれまで車窓に向けていた視線を、漸く車内に戻した。
それなのに、翔さんは車が走り出した瞬間、「実家に寄ってくれ」と言った。
もういいんじゃないか…
今日はもうこのまま帰りたい…
そんな俺の思いとは裏腹に、車は今来た道を引き返していく。
俺は、一度は離れてしまった翔さんの手をもう一度握ると、そっと肩を抱き寄せた。
それは翔さんを安心させるためなんかじゃない。
もしかしたら、俺自身が俺の肩に頭を預けてくる翔さんの手を離したくないと、そう思ったからなのかもしれない。