第74章 逡巡
「変わらないものなんて、そうそうあるものじゃないんだよね。」
「気付かないうちに変わってるんだ。」
「ずっと同じなんて…奇跡みたいなものだから。」
「気持ちだってそうでしょう?」
「ね?日菜乃ちゃん。」
掛けられた声に言葉が出なかった。
「信彦さん?」
はっきり聞こえたわけじゃないけど。
確実にそう聞こえた。
確かめたくは無いけど、咄嗟に出た言葉に後戻りも出来ない。
「えっと…さっき…よく聞こえなくて…」
震える声は信彦さんに気付かれてるのか…
「あー。ここにはもう無いけど、都内なら何店舗かあるから。」
予想外の言葉に顔を見つめることしか出来ない。
「そんなに気に入ってくれてたんだね。」
「知らなかったよ。」
「今度の休みに一緒に行こうか?」
「日にちの確約は出来ないけど。」
次の外出の約束が出来るのなら、あれは私の聞き間違い…きっと…そう。
ふと、先日雑誌で見掛けたリングを思い出す。
「あ…はい。大丈夫です。欲しいリングがあるんです。」
「リング?」
一瞬上がる声のトーンに焦る。
「あ!変な意味じゃなくて、ミルククラウンのデザインのリングあるじゃないですか?」
「あれが欲しいなって、思ってて。」
指先でミルククラウンの形をなぞって、信彦さんに説明する。
指輪を強請ってるように取られたくない。
必死に弁解してしまうのは、何故だろう?
「あー。あれね。ボクも欲しいと思ってたんだ!お揃いにしようか。」
『お揃い』
その言葉と笑顔を向けてくれる信彦さんにホッと胸を撫で下ろす。
『気持ちだって変わるでしょう?』
そう聞こえたのは勘違い。
そう…
私の気持ちは変わってない。
今でも一番に想うのは信彦さんだから……。