第74章 逡巡
「信彦さん…」
「ん?」
「手…離した方が良いかと…」
「えー。絶対にヤダ。」
握った手に一層力を込める。
「日菜乃ちゃんは、そんなに繋ぐのイヤ?」
「そう言う訳じゃないですけど。」
「じゃあ、問題ないね。」
車で訪れた東京近郊のショッピングモール。
お洒落なお店に美味しそうなレストランにカフェ。
見てるだけで楽しくなる。
でも…何でここにしたんだろう。
都内でも行く場所なんていくらでもあるのに。
………ょ。
ん?
…分かってるんでしょ?
聞こえる声に耳を傾ける。
……本当は気付いてるくせに…。
頭の中で同じフレーズがこだまする。
あの時と同じ。
うるさい声がボクの心の奥底に沈んだ何かを巻き上げる。
「信彦さん?」
名前を呼ばれて、はっと我に返る。
「ん?」
「ボーッとしてますけど、大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫大丈夫。問題ないよ。」
歩調を合わせて少しゆっくり歩く。
「何かお買い物でもあるんですか?」
「いや。……何でここに来たんだろう。」
「え?もう…どうしたんですか?」
「何か自然とここに足が向いたんだよね。」
「そうなんですね。でも、ここにはなかなか来られないので楽しいですよ。」
「あ。あのお店、期間限定なんですって。」
「パネルに書いてありますよ?」
「目的地があるわけじゃないから、ゆっくり見ていこうか?」
「はい!」
日菜乃ちゃんが笑ってくれる。
こう言う時はこんな笑い方するんだ。
家以外で笑顔をちゃんと見たのは、どれくらいぶりだろう。
この笑顔を守りたいって。
あの時から、ずっと思ってるのに。
キミの笑顔がボクの笑顔のはずなのに。
ボクも心から笑えてないのかもね。