第72章 仮寓
背を向けて眠る日菜乃ちゃん。
どれくらいちゃんと触れてないんだろう。
見えるうなじを指先でなぞる。
くすぐったいのか逃げるように寝返りを打つ。
掛けていたタオルケットから見える足。
今度は、その足に触れる。
ね?ボク以外の人に触れられてるの?
タオルケットを剥がせば、めくれ上がるパジャマから覗くウエスト。
…………。
「日菜乃………」
「ボクは君が好きなんだよ。」
「キミ以外なんて考えられないんだ。」
「どうしたら振り向いてくれるの?」
「ねぇ?教えてよ…」
返事の代わりに聞こえる寝息。
今ならこんなに簡単に言えるのにね。
はだけたタオルケットを掛け直す。
起こさないように、そっと横に寝転び瞼を閉じる。
鼻腔を擽る香りに懐かしさを感じてしまうのは、それだけボク達の間に流れた時間があるって事。
その香りを肺の隅々に満たすうちに、自然と合わせてしまう呼吸。
同じ空間で同じ空気を吸って。
こんな些細なことだって、あの頃は嬉しかった。
今は…?
衣擦れの音と一瞬にして香りが強くなった事に瞼を開ければ、寝返りを打った日菜乃ちゃん。
当たり前のようにボクの胸元に顔を寄せて眠る姿。
暗くたって分かるんだ。
背中に腕を回せば、前に触れた時より伸びた髪。
引っ掛からないように気を付けながら起こさないように、引き寄せ背中をポンポンっと叩く。
起きてなければこんなことまで出来るのに。
まるで、あの頃に戻ったみたい。
こうしてるとまるで甦ってくるよう。
そうだ。
明日起きたら、どこかに誘おう。
少しの時間だって構わない。
場所はどこだっていいんだ。
キミと一緒なら、どこだって構わないから。