第62章 衷心
~♪
スマホの着信音が私とカレを現実へ引き戻す。
「っ…」
唇は離れるものの名残惜しそうに二人を繋ぐ銀糸。
それもすぐに切れた。
「出なよ。」
画面を見れば『岡本信彦』の文字。
「ノブだろ?」
頷けば、それと同時に達央さんは席を立つ。
「終わった頃に戻ってくるよ。」
そう言って部屋の外へ出て行った。
着信を伝える画面をタップし耳に当てると心拍数がどんどん上がる。
「はい…」
『日菜乃ちゃん?』
『今大丈夫?』
「はい…大丈夫です。」
『何か元気無いみたいだけど、何かあった?』
「何でも無いですよ。元気ですよ?」
「何か変ですか?」
震える声に動揺の色なんて隠し通せるのだろうか。
平静を装うようにわざと疑問で問いかける。
『そう?何とも無いなら良いけど。』
『今は家にいるの?お出掛け中?』
「あ。えっと…友達と飲んでて。」
『そっかそっか。』
どんどん変わる会話に変調を気付かれていないとホッと胸を撫で下ろす。
『実はさ。今、良平さんと代永さんと飲んでて。』
『これから、大輝くんと江口くんも来てくれることになっちゃってさ-。』
『あっ!江口くんはどうでもいいんだけど。』
後ろから聞こえる笑い声により大きな温度差を感じる。
『それで別場所で飲み直す事になっちゃって。』
『だから、帰りが遅くなっちゃうんだ。』
『もしかしたら朝になっちゃうかも。』
ガヤガヤと、聞こえる騒音と楽しそうにトーンが上がる信彦さんの声。
反比例するように私のトーンは落ちていく。
「あ。そうなんですね。分かりました。」
『日菜乃ちゃんも、お友達とゆっくりしてきて良いからね。』
「はい…ありがとうございます。」
「楽しんできてくださいね。」
『じゃあ、おやすみ。』
「はい。おやすみなさい。」
無意識に指先で撫でる唇。
ハッとして、顔を上げればいつの間にか戻ってきた達央さんと視線がぶつかる。
「そう言うことするの…止めろよな…」
そう言いながら、顔を逸らす。
その仕草さえ、私の胸を締め付ける一つの要因になっている。
これ以上、私の鼓動が早くなりませんように……。