第4章 遁逃
「落ち着いた?」
コクッと頷くとホッと息を吐き出す。
「ちょっと待っててね。」
そう言って、私の元から離れていく。
ハンカチで目元を拭えば黒く滲む。
マスカラとアイラインが落ちてるのだと実感する。
今、とんでもなくヒドイ顔してるんだろうな…
鏡を見るのが恐ろしい…
「お待たせ!」
「はい。どうぞ。」
差し出された手元を見るとミルクティーとロイヤルミルクティー。
「本当は違う種類を買おうと思ったんだけど、ホットはこれしか無くて…」
「この時期は、ホットが少なくて。」
「コーヒーもお茶も売り切れだったんだ。」
眉を寄せて、苦笑いをする。
「1本は、ボクが飲むからどっちが良い?」
「岡本さん。初対面の私にそんなに気を遣わなくて大丈夫ですよ。」
「え…ボクのこと知ってる?」
「って事は…スタッフさん?」
「いえ。これでも一応声優やってます。」
「岡本さんみたいに有名ではありませんが…」
そう言えば、焦ったように手を振りながら謙遜する。
「有名だなんて…僕なんてまだまだ未熟者だよ。」
「そっか。同業者さんか。」
「それなら、どこかで共演するかもね。」
「その時は、笑顔で会えるかな?」
笑顔で話し掛けてくれるから、私の涙は止まる。
「もう大丈夫みたいだね。」
そう言って、肩をポンポンっと叩く。
「おっと。そろそろ行かないと…。」
腕時計を見つめる。
「この後も仕事なんだ。」
「やっぱり2本ともあげる。」
「ぶつかっちゃったのは、僕の不注意でもある訳だし。」
2本の缶を有無を言わさず押し付けられる。
「もし、何日かして痛みが出るようならマネージャー通してでも良いから事務所に連絡して。」
「共演出来る日がくるのを楽しみにしてるよ。」
「じゃあね。」
岡本さんは、出口へ向かって小走りで走って行った。
私はまだ温かいミルクティーとロイヤルミルクティーを両手で包んで胸元に寄せた。