第15章 スイートよりビター
一松side
親友の猫が退院してからちょうど一週間。
俺は珍しく兄弟の中で一番に目が覚めてしまったようで、まだ寝息を立てる兄弟を起こさないようにそっと一階に降りた。
階段と廊下ですっかり冷やされた足を温めようと炬燵のスイッチを入れたところで、台所から包丁とまな板のトントントンという音が聞こえてきた。
俺はどうせまだ炬燵の中は冷たいしと思い、台所に顔を出した。
「あら、誰かと思ったら一松じゃない。珍しいわね?」
「うん、たまたま目が覚めただけ。ねぇ、母さん・・・」
俺は母さんに声を掛けながら冷蔵庫を開けて中を覗いた。
「なあに?」
「鶏もも肉ってある?あと・・・卵とか」
すると母さんはコンロに火をつけて振り返った。
「お肉は今日、カラ松の退院祝いにから揚げ作ろうと思って、沢山買ってあるわよ?卵はさっき使っちゃったからないわよ?」
俺は記憶を手繰り寄せ、以前トド松と料理教室で作ったプリンの材料を思い出す。
そして、台所の材料を確認してもう一度母さんに声をかけた。
「母さん、今日の買い物俺が行くよ」
すると母さんが、持っていたフライ返しを落っことした。
・・・そんなに驚かなくてもと、少し空しくなった。
「一松、あんたどうしちゃったの?」
「別に、ただ欲しいものがあるだけ」
すると母さんは落としたフライ返しを拾いながら「そう言う事ね、そうよね」とため息交じりに言う。
「卵を少し多めに買いたい。あと、バニラエッセンス」
母さんがまたフライ返しを落っことした。
包丁じゃなくてよかったと先ほどまで使われていたまな板の上の包丁を見やって、俺は炬燵に向かった。