第1章 深層心理操作
月も姿を隠した新月の晩、草木も眠るほどの真夜中。
どこまでも広がる静寂、常人ならば不安になるような暗闇でも、自分には友となる。慣れ親しんだどこか安心するような空気の中を、メアは足音も立てず歩いていた。
アリスの部屋に向かって。
(警備兵は……よし、行ったな)
警備兵達が何時にどこを回り、どこで誰と交替するのか、頭の中に完全に記憶している。長年の間人目を忍んで抜け出す日々を送った経験は伊達ではない。
僅かな足音が遠ざかって消えていくのを聞きながら、メアはほくそ笑んだ。
「くく……」
不穏な笑みが漏れるのは、容易く出し抜ける自国の警備へのものではなく、これから行う事への期待ゆえかもしれない。
これを思いついたのはいつだっただろう。頭の中で何度も何度も何度も何度も繰り返しイメージしたせいか、もうずっと前から計画していたような気がする。
初手ではない気さえする。
否、実行するのは今日が初めてだ。それは間違いない。
だからこんなに興奮するんだ。
(もうすぐだ……。もうすぐ、アリスに。オレの、 …)
ロの中に唾液が溢れてきて、唇を舌で湿らせる。瞳と口端は笑みを抑えきれない。
兵の姿はもう無く、ややもすると呆気ないほどすんなりとアリスの部屋に辿り着いた。
不用心だな、本当に。ちょっと警備兵の動きを調べたらすぐに忍び込まれるじゃないか。