第2章 故郷の色【イゾウ】
とんでも無く不機嫌な顔をして、サッチは俺とマルコの前を歩いている。
「何か気の利いた言葉でもかけてやれよ」
「火に油を注ぐだけだよい」
ヒソヒソと2人で話しながら、俺たち3人の足はモビーディック号へと向かっていた。あの「仔猫」とのやり取りでサッチの意識は色街から逸れたらしい。自分も一番の目的は果たせたし、一度船に戻ることにした。
「しかし…野良猫だったな」
やり取りを思い出して、口元が緩む。
「気の強ぇ女だよい。 あれじゃあ仕事に支障が出ちまうだろうに」
呆れた様子のマルコを見て、喉の奥で笑った。
確かに可愛い顔をしていた。流石に一瞬でサッチが喰いついたくらいだし、結構な気の強さはあったものの後何年かすれば息を呑むような美人になりそうだと思う。
ただ自分が気になったのは、そこでは無い。俺のキモノを見た時の仔猫の目に映った驚きと なんとも言えない複雑な感情。キモノを着ていると好奇の目を向けられる事も多い。そこまで自分の故郷は特異な場所かと思うこともしばしばだがそれとは全く違う反応だったのが少し気になった。
そんな事を考えながら船に戻ると、人懐っこい笑顔が覗いた。
「お、サッチ!随分早く帰って来たなー」
どこかの露店で買って来たらしい食い物を頬張りながらエースがサッチに声をかける。
「うるせぇ!」
その反応を見てエースの顔にからかいの色が浮かんだ。
「何だよ、またお目当ての女にフラれちまったのか?」
「またって言うんじゃねぇ!人がいつもフラれてるような言い草しやがって」
2人の言い争いは日常茶飯事。動物の兄弟がじゃれているようでついつい笑ってしまうが
「イゾウ、お前まで何笑ってんだ?お前らの胃袋、誰が満たしてやってるかわかってんだろうな?」
と、油断していた此方にまで流れ弾が飛んで来る。これは、早々に退散した方が良さそうだ。そう判断してマルコと共にその場を離れようとしたその時、エースから声が掛かった。
「そういや、今晩はオヤジの知り合いの店で飲むらしいぞ。船の見張り番の隊以外の隊長は参加しろって話だ。オヤジがえらく張り切っててナース達が飲み過ぎるなって騒いでたぞ。」