第1章 月夜【レイリー】
急に静かになった家の中。椅子に腰かけてテーブルに目を向けると2人分の朝食。
『ご飯食べて行ってくれれば良かったのに』
独り言が、静まり返った部屋に響いた。
その瞬間、わたしは思い出した。レイさんの名前を聞いた時のあの感覚。“冒険”というヒント。身体の古傷。
色々な本に載っているんだもの 聞いたことある筈だ。
『…海賊王の右腕!』
私は弾かれたようにドアに走り寄って外へ駆け出した。
と、駆け出した瞬間 ドンっと何かにぶつかって尻餅をつく。
『痛っ』
そう言ってお尻をさすっていると、グイッと腕を引かれて立ち上がらされ 抱きしめられた。
「ただいま!」
上から降ってきたのは愛しい彼氏の声だった。
「そんなに急いでどこに行くつもりだったの?」
穏やかに微笑む彼を見て、少し胸が痛んだのは事実。
『おかえり!随分早く帰って来れたのね?』
「予定よりも早くいい写真が撮れたからね。ニレ!会いたかった」
抱きしめてくれる彼の腕の中で、違った意味でドキドキしている自分。
レイさんがタイミング良く帰ってくれたおかげで修羅場は免れた訳で、この短時間で悲しんだり喜んだり思い出したり冷や汗をかいたり せわしない自分に笑ってしまった。
「何笑ってるの?」
不思議そうに聞く彼に、
『何でもないの。朝ごはん出来てるわよ』
そう返して、背中を押して家に招き入れる。
「あ、良い匂い!」
鼻をくんくんさせて嬉しそうな笑顔。
それを見ながら
(早くシーツ変えなきゃ)
なんて考えているわたしは、自分で思うよりもずっと狡いオンナなのだと思った。
《終わり》