第1章 Hello,world!
目の前に広がるのは伝え聞いた三途の川と余りにも異なる景色だった。
「…次」
継ぎ目の無い白い石造りの廊下と壁を埋める無数の扉、その真ん中に妙な男がいるだけ。
綺麗な花畑も川も無く、死んだ母さまも兄さまもどこにも見当たらない。
ただ一つ事実として、さっきまで私が居た筈の場所とはまるで空気が違う。
「ここは、何処…」
辺りを見回すと鉄の鎧がぎしりと鳴った。
目の前の男は手元の紙に目を落として何かを確認する。
上質そうな筆記具で手早くその紙にすらすらと書き込むと、品定めするような目でこちらを見た。
目が合った、その刹那。壁にある無数の扉のうちの一つが勢い良く開き、中には恐ろしい奈落の暗闇がぽかんと口を開けていた。
「うわあああ」
飲み込まれてなるものか。踏ん張って耐えるのも束の間、足が、手が…じわりじわりと粘度をもった闇に侵食されていく。たちどころに扉の中に引きずり込まれ、天も地も無くなった。