第20章 砂漠の民
目が覚めたら、ラビュルトの姿はなかった。
『魚もちゃんと食べること』
キッチンのテーブルに書き置きがあり、昨日作りかけのブランタードが仕上げられて冷蔵庫に収まっていた。
「念を押さんでもちゃんと食うわい」
苦笑いしながら牛乳を手に再びテーブルに目を戻したカクは、書き置きの下に柔らかな黒を見留めて訝しんだ。
引っ張り出すと、綿絹地のアスコットタイが現れた。
幅広のタイに挟まれていた紙がヒラリとテーブルに落ちる。
『ハリアーから山風へ 首に結ぶのよ?鼻じゃなくて』
「……おい…」
それにしても仕事が早い。いつ仕立てたのか。
灰色の絹糸で小さな鷹のシルエットが刺繍されている。滑空状態で翼を広げるハリアー。
針子でも食うていけそうじゃな。何でもこなすと言うとったのも伊達じゃないわい。
カクは微笑を浮かべて小さなハリアーに口を寄せた。僅かに香る薄荷、ラビュルトの匂いがした。
しかし朝から仕事か。夜の事と思っていたが、ラビュルトの仕事とはどういうものなのだろう。
ふとカクは顔をしかめた。
長いバケットに切れ目を入れてブランタードを塗り挟み、パルメザンとパセリを振って備え付けのオーブンに突っ込む。
白いウイングカラーのシャツと黒のスキニーパンツを身に着け、革靴をはいた。
ハリアーのアスコットタイをルーズに締めて丁度焼き上がったバケットをオーブンから取り出し、習慣で取り続けている新聞に無造作に包む。
仕上げにいつものキャップを被ると、カクはバケットの包みを小脇に部屋を出た。