第17章 また食事は後回し
キッチンの椅子に腰掛けて、ラビュルトが針を運んでいる。組んだ膝に柔らかなシフォン生地がかかる様が、タイトなジーンズの上にチュチュを重ねているように見えて何となく物珍しい。
「案外器用なんじゃな。手慣れとる」
ラビュルトの向かいに腰掛け、膝に肘をついた格好でジャガイモの皮むきをしながらカクが感心する。
「まぁね。うちは色々一通り出来るように何でも教えるから」
糸切り歯で絹糸を噛み切って、ラビュルトはにっと笑った。
「うちのコはみんな何でも出来るわよ。勉強も家の仕事も力仕事も、畑仕事だって機械いじりだってこなしちゃうから。男要らずなのよね」
「ふん?それが何で男要らずになるんじゃ?ようわからんな」
剥き終えたジャガイモをボールに放り込んで、カクは腰に巻いたサロンエプロンで手を拭いた。
「男でも女でもやれる事はしたらいいじゃろ。何でも出来るにこした事はない」
「ごもっとも」
白いストローハットにシフォンを当てて見ながら、ラビュルトは肩をすくめた。帽子の白に負けないくらい真白い髪がさらさら揺れる。
「男を馬鹿にしとったらいかんぞ?お前さんの伝で言うんなら、女要らずの男だって山程おる事になるわい」
苦笑いするカクにからかいの色を浮かべた灰色の目が向いた。
「アンタもそのクチ?」
「さあな。まあでもワシも一通りの事は出来るように教わって来ちゃおる」
テーブルの鱈の切り身を摘み上げて顔をしかめるカクにラビュルトは笑い声をあげた。
「アハハッ、嫌いな魚も料理出来るくらいには?」
「嫌いとは言わん。好かんだけじゃ」
「嫌いなんじゃない」
「お前さんの頭はYesNoチャートか。グレーゾーンっちゅうもんがあるじゃろうが、何事も」
仕事は別にすりゃあな。
内心付け加えて、カクは鍋を火にかけた。
「うちのコっていうのは何じゃ?お前さんら姉妹だけの話じゃなさそうじゃな」
鱈の皮を剥いで塩を振りつつ何気なく訊ねると、ラビュルトは帽子にやわやわと優しげな生地を巻き付け、丹念に縫い付けながら微笑んだ。
「うちで働いてる姉妹の事よ」
「姉妹?」
「サロンに務めてるコはみんな姉妹よ。父さん母さんも自分の娘だと思って面倒みてる」