第13章 海を臨むテラス
エンダ家の主、ジャン·エンダは縦にも横にも大きな押し出しのいい男だ。気取りのない穏やかな顔と通りのいい声がいかにも人好きする雰囲気を醸している。
ソマオールを助けて家まで送り届けたときにも思ったが、娼館の主という感じではない。
だからこそ礼をと言われて渋々ながら腰を上げたのだし、お陰でラビュルトと知りあう事になった訳だが、すっきりしない。
ジャンにもマリィにも好感が持てる。
しかしこの二人は間違いなく大きな娼館を営み、そこで娘をも働かせているのだ。
カクは混乱した。ラビュルトの屈託なさやソマオールの無邪気さを見るにつけ、混乱は深まる。
ここンちは一体どうなっとるんじゃ。
「思いがけない事になったもんだね」
クランブルとソーセージの焼ける香ばしい匂いでいっばいのキッチンで、ジャンは腕まくりしてお茶の支度をしていた。
「ソマリーの事では本当に感謝しているよ。改めて礼を言わせておくれ。ありがとう」
カクと力のこもった握手してから、使い込まれたフライパンにクレープ生地を丸く垂らしてニコニコする。
「しかしこうなるとソマリーが縁結びをした事になる訳だ。あのコがキューピットになるなんて、面白いねえ」
器用にクレープを反しながら、ジャンは一人で楽しそうに頷いた。
「テラスにベンサムがいるよ」
オーヴンから出したクランブルタルトに切れ目を入れ、パイサーバーを添えてラビュルトに押し付ける。カクには取り皿やティーセットが載った大きなトレイを持たせ、ジャンはフムと満足げに鼻を鳴らした。
「私もこれが焼けたらそっちに行くから、先に始めてなさい。お茶が冷めないうちに!」
ビシッと促されて二人はキッチンを出た。
「···お前さんちじゃ親父さんが台所主なんか」
ずっしり重いトレーを片手持ちし、ラビュルトの手からタルトを取り上げてカクは首を傾げた。
「美味しいわよ、父さんの料理」
「何かと変わっとるのう、ここンちは」
「そう?でも悪かないでしょ?いいうちよ、アタシんちは」
「悪かない。確かにいいうちじゃな」
だからこそ引っかかる。
かてて加えてやけに嬉しげなラビュルトの様子も引っかかる。
改めて家族に紹介したいというのでついて来たのが、妙な余録がついた。ラビュルトを浮かれさせる客が気になる。
手も足も出さんように自重せんといかんぞ。