第12章 家の裏の畑
ラビュルトの言う通り、大きな屋敷を回り込んだ裏には畑があった。
こじんまりした畑だ。
畔傍に石垣に囲われた泉があり、小さな水路が走っている。野生種と思われる小さく固い実をつけたオレンジの樹が三本、その下に素朴なパティオと煉瓦を積んだ窯があった。
「···お前さんのお袋さんは気持ちいい人なんじゃろうな」
働いて休んで憩える、いかにも居心地よさそうな光景にカクは感心した。しながら内心首を傾げる。娘に娼婦をさせている母親、そこにこの場の主の印象が重ならない。
「嬉しい事言うわね」
にんまり笑ってラビュルトは畑の中程、丈の高いルバーブの茂みから顔を覗かせた母親に手を振った。
「ただいま、母さん!」
半白に染まったタンポポ色の髪を撫で付けながら、小柄でふくよかな初老の女性が手を振り返してきた。
「おかえり、ラビュ」
ラビュルトはカクを引っ張って前に出した。
「お客様。カクよ。ね。こういう事になっちゃったの」
抱きついて頬に頬を擦り寄せたラビュルトに、カクはキャップの庇を下げようとして空振りした。
キャップはソマオールが奪って行ったのに、すっかり失念していた。
咳払いしたカクの頬へ、ラビュルトのキスが弾ける。
「聞いてるわよ。一緒に跳んでたって?うちの跳ねっ返りのハリアーと散歩できる人がいるなんて驚いたわ」
屈託なく娘を退けて抱擁して来たラビュルトの母を、カクは戸惑いながら抱き返した。石鹸と、草と土が匂う。
「娘が二人ともお世話になったわね。色々とありがとう、カク。私はね、マリアンヌ。マリィと呼んで頂戴」
「いや、ワシャ礼を言われるようなこた何も・・・」
「私がお礼を言いたいのよ。主人には?」
「ソマオールを連れて来たときに・・・」
「そうそ、会ってるわよね。私だけ初めましてなのねえ。出遅れたわ」
手についた土をパンパンと払って、マリィはニッコリ笑った。
「お茶をしてってくれるでしょ?」
「ソマリーを街に連れていく約束をしてるの。あまりゆっくり出来ないわ」
カクと腕を組んだラビュルトが眉を下げて答える。マリィは額に汗を光らせてニッコリした。
「あら、残念。ジャンがルバーブのクランブルタルトを焼いたのよ」
「む。父さんのタルトか。持って帰ろうかな」
「駄目よ。アンタたちの為だけじゃないんだから、今日のタルトは」