第7章 山風とハリアー
耳元で風が鳴る。
ヒュウヒュウと空を切って滑空する魂駆ける爽快感も、踏み切って跳ぶ足に漲る充実感も、高見から臨む全ての景色も、久方ぶりのものだ。
腕の中の可愛い女が声を立てて笑っている。
大きな口を開けて憚りなく楽しげに、惜しむ事なく開けっ広げに嬉しげに。
「アハハハハハッ!カク、カク!凄い!!フ・・・ハハハハハハッ、サイッコーだよ!!!高い!速い!」
タフタドレスの長い裾が、腕から溢れて翻る。潮風に薄荷糖が入り交じって匂う。
木の幹を蹴って弓なりに跳び、高い壁を駆け上がりまた空へ跳び出す。
街並みを眼下に長く滑空すれば、日差しを照り返す家々の白が眩しく、その向こうの海が碧過ぎて、天地の別がつかない。
体が弾けそうな解放感。
「怖い事はないか」
声を張って尋ねると首に回されていたしなやかな腕が解けて、笑い声と共にラビュルトはカクの腕から放れた。
「あッ、こら!止めんか、危ない・・・」
驚いて伸ばしたカクの手をラビュルトの手が掴んだ。
「誰に何を言ってるの!アタシはハリアーよ!言ったじゃない?忘れちゃった?」
カクを引っ張って家の屋根に着地し、手を放してひとりで跳び出す。
タフタを靡かせて細く長い体が滑空した。
「お前さん・・・ありゃ、お前さんじゃったか」
唖然と見送って、カクも跳んだ。
民家の壁を蹴って右へ跳んだラビュルトの手を掴み、木肌を踏み切るとその体を引っ張り上げてより高く跳ぶ。
「カクは高い!山風ね!」
ぐんと上昇する腹の抜けるような感覚に笑いながら、ラビュルトがはしゃいだ声を出した。
繋いだ手にギュッと力が入る。
「わかった。お前さん、確かにハリアーじゃ」
「そう。だから山風ほど高くは跳べないわ」
通りや家の窓から、幾人もの街人たちが驚いた顔で、笑いながら手を振って来る。
「今日はハリアーが山風に乗ってるから、皆驚いてる」
滑空しながら可笑しそうに手を振り返すラビュルトに倣い、カクもキャップを上げて街人に挨拶した。
「お前さん、有名人なんじゃな」
「ふふ。まあね。アンタもこれで有名人だわ」
てんでに叫びながら、笑って追いかけて来る子供たちに投げキッスして、ラビュルトは木の枝に手を掛け、二三度振れた勢いでまた跳んだ。